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阿片取引のために製造された銀貨  =仏領インドシナ1両銀貨 1943~44年=

仏領インドシナで阿片取引に使用された 富 1両銀貨
    仏領インドシナで阿片取引に使用された<富>1両銀貨 

阿片取引用の1両銀貨 小さい鹿の頭(左)と大きい鹿の頭

    阿片取引用の1両銀貨 小さい鹿の頭(左)と大きい鹿の頭

私は1970年代前半、およそ2年半にわたりインドシナ半島にいたが、このときコイン・カタログで見たこともない銀貨を目にした。それが「富」の半両と1両、あるいは「鹿頭」の1両銀貨だった。これはラオスなどの山岳民族が紙幣での取引を拒否、銀貨での受領を望んだためである。

フランス当局(総督府)は中国系の阿片常用者へ、阿片の安定供給の必要に迫られ、1両(37,5グラム)より大きい38,2グラムの銀貨をハノイで製造した。その多くは薄く円板状に伸ばされ、未婚の娘たちの首の周囲を飾った。「鹿頭」にもヴァラエティがあり、大頭の方がはるかに稀少性が高い。他はありふれているものの、中国筋からの買い気配で高値がついている。






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バーミューダのA1-000001紙幣が市場に現れた!

紙幣 Bermuda Goverment.jpg

  バーミューダのA1-000001紙幣


日本銀行券のA000001A紙幣は、日本銀行に保管されるか、それとも内閣総理大臣に贈呈されるだろう。これがもし市場に出てきたとしたら、幾らぐらいの評価になるか、実現性が見られないので俄に見当がつかない。

 今回取り上げるバーミューダの5シリング紙幣は、エリザベス2世の肖像を描いた最初の国や地域の1つで、1952年に登場したのであった。これは女王の右横肖像を採用していて、36か国に及ぶ発行国のなかでも珍しい存在となっている。

 つまりエリザベス2世の紙幣における肖像は、殆どが左斜め肖像で占められており、わずかな例外がバーミューダの1952年の2種(5と10シリング紙幣)、キプロスの同じく52年の5シリング紙幣。それにフォークランドの1960年と69年の左横肖像タイプだけだった。

 バーミューダの最初の4種のシリーズ――これら2種(1ポンドと5ポンド紙幣の2種は別タイプの肖像)は、かくして発行国の先駆となった。しかもA1-000001紙幣ともなると、圧倒的な稀少性を有しているからだ。

 5シリング紙幣の場合、F2 シリーズは1957年に発行されたのが確認されており、70年にポンド・スターリンク制からドル制に切替えられた。カリブ海方面のイギリス領諸国や地域と歩調を合わせた格好だと言えよう。

 何しろナンバー・ワン紙幣は市場に流出することなどまずない。権力者の意向でどうにでもなる国家ならともかく、イギリスや英連邦諸国から流出という可能性は、市場に限りなくゼロに近かったのである。それが市場に出てきたのだから驚きでしかない。

 熱心なバーミューダ紙幣のコレクターが、友人のバーミューダ銀行役員に頼みこみ、ついに譲り受けたのが真相だった。



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メダルは値上がりするのか?

メダルは値上がりするのか、という質問が多い。この回答は「ケース・バイ・ケース」――すなわちそのメダル次第である。  流通市場での使用を目的とするコインは、たいてい万の単位で製造されるため、製造技術の関係上、あまりハイレリーフにするのが難しい。数少ない例外の一つが、アメリカで1907年に発行された、セント=ゴーデン・タイプの20ドル金貨だ。これはセオドア・ルーズヴェルト大統領の命令で、「世界一美しい貨幣」を目指したもので、合計1万1250枚が発行された。  けれどメダルは特定の人物や出来事を記念しており、関係者だけに贈呈される性格を有した。そのため5枚とか10枚、多くとも100枚から200枚だけ、限定製造されたのであった。金製のタイプが高いのは、地金価値に加えて製造枚数が僅少で、現存数――すなわち絶対数が少ないからである。

古代で最も有名なメダルは、ローマ皇帝のハドリアヌス(在位117-38)の寵児――アンティノオスの肖像を描くタイプだ。これは皇帝が彼の死を悲しんで、コリントにおいて製造させており、現在ではわずかしか残っていない。このため2万ドルからの落札価を、何年も前に記録した。 この理由はやはりアンティノオスの知名度、そして稀少性だと言えよう。  コンモドゥス(117―192)は悪帝として名高いが、彼のメダルはかなり大型で、それだけ見ても製造数の少なさが見当つく。これも1万ドルと5桁の値が記録された。ユーピテルの神と表裏をなす。

神聖ローマ帝国では、銀貨と同じ量目でメダリックなシャウターレルを発行したが、そのため流通市場で使用されることがあった。オーストリアでカール5世の大型銀貨が製造されることはなかったが、ドッペルシャウターレルでは存在している。もちろん他の皇帝のドッペルターレルより遥かに高い値が付く。

フランスに90ドゥカットに相当する大型メダルがあるが、これはフランス海軍を率いるトゥーロン公爵を描いたもので、英蘭海軍を撃破したのを記念している。ところがこの海戦に先立つこと11日――1704年8月13日に、オーストリアのプリンツ・オイゲンやイギリスのマルバラ公(チャーチルの先祖)の連合軍が、フランスとバイエルン連合軍を大敗させたため、このブレンハイム会戦が大きく戦史に残った。直径67㎜の素晴らしいメダルで、2000万円近い評価だ。

イギリスのロンドン動物園教会が1826年に製造した金メダルは、5人の功労者に授与したもので、直径77㎜、量目231.5グラムを有する。金品位は1000分の375と低いが、純金を86.86g含有しているから、なかなかのスケールと言える。

イギリスはヴィクトリア女王(1837―1901)の即位に前後して、ウィリアム・ワイオンという優れた極印の刻印師が登場した。若い女王が最初に描かれたのは、貨幣の上でなくメダルであった。これは即位したばかりの彼女がシティを訪問した記念で、銀と銅のメダルに素晴らしい左肖像が見られた。1837年のことで、それから3年後の1840年に登場した郵便切手――ペニー・ブラックに、これが転用されたのは広く知られる。

資産としてのメダルは、まだまだ日本のマーケットで地位が確定されておらず、右から左というわけにはゆかない。しかしながらここで紹介したようなメダルは、国際的な価値がしっかりしており、資産性十分なのは言うまでもない。




即位したばかりのヴィクトリア女王(1837―1901)シティ訪問記念メダル


 即位したばかりのヴィクトリア女王(1837-1901)がシティを訪問した記念メダル



フランス海軍を率いるトゥーロン公爵2.jpg

フランス海軍を率いるトゥーロン公爵1.jpg


 フランス海軍を率いるトゥーロン公爵




イギリス 金メダル 1826年 ロンドン動物園協会顕影メダル 


イギリス 金メダル 1826年 ロンドン動物園協会顕影メダル    
 5枚製造 直径77㎜ 量目231.5g 375/1000 表面に12羽の鳥類、裏面には7頭の動物が、それぞれ描かれ、メダルの傑作との評価を受けてきた。2013年6月 £20,400





 カール5世 ドッペルシャウターレル

裏インフレヘッジ8 カール5世 ドッペルシャウターレル

カール5世 ドッペルシャウターレル




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英領西アフリカの大珍品ペニー貨

  英領西アフリカ ペニー白銅貨 1945年ーH エドワード8世(1937)年の名が刻まれたミュール(雑種)コイン 現存数は12枚以下で、もしこれがアメリカ・コインなら、100万ドルの値がつくかもしれない!

  英領西アフリカ ペニー白銅貨 
  1945年ーH エドワード8世(1937)年の名が刻まれたミュール(雑種)コイン現存数は12枚以下で、もしこれがアメリカ・コインなら、100万ドルの値がつくかもしれない!.

 1945年に第2次世界大戦が終わり、イギリスのバーミンガム私立造幣会社は、英領西アフリカからペニー
白銅貨の製造依頼を受けた。ところが本来なら国王名をGEORGIVS Ⅵとすべきなのに、前の国王EDWARDVS
Ⅷとしてしまった。
 これは多くとも12枚が製造され、一説では7枚か8枚とも言われており、不思議なことに流通市場へ出た
のである。そのためカタログの評価にFINEとかVERY FINEという、かなり使用された状態のものまで、存在
しているのだ。FINEでも2000ドルの評価がカタログ上でなされているから、極美品EXTRA FINEあたりは推
して知るべきだろう。
 本来のコインとは表面と裏面が相違したものを、ミュール(雑種)と呼ぶが、王位継承から八年もして
の極印取違えなど、普通ではとても考えられない。しかもバーミンガムにおいては、1943年に714枚製造し
現地で流通させている。何か作為的なミステイクが感じられるのである。
 バーミンガム私立造幣会社は、この1945年ーH のジョージ6世のタイプを、900万枚も製造して英領西アフリカ当局に納めた。直径32ミリのサイズは、英領殖民地の孔あきペニー白銅貨として普通だ。
 もしこれがアメリカのコインなら、少なくとも10万ドルの評価を付けるだろう。場合によっては1913年
の5セント白銅貨が300万ドル超だから、100万ドルぐらいの評価を受けてもおかしくない。



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ビルマで準備されたエリザベス紙幣

即位時のエリザベス2世の肖像を描くビルマの50ルピー紙幣
即位時のエリザベス2世の肖像を描くビルマの50ルピー紙幣

ビルマ(現在のミャンマー)では、1952年に宗主国イギリスの女王となった、エリザベス2世の紙幣は全く流通していない。それどころか発行が計画されていたことすら、判っていなかったのである。  ところが2012年にアフリカのゴールドコースト(現在のガーナなど)のゴールドコースト銀行が女王の紙幣が計画されていたことが明らかになった。オークションに2度にわたりセットが分けて出品され、紙幣コレクターのあいだで話題となったのだった。  それに次いで登場したのがビルマの50ルピー紙幣で、恐らく52年に準備されたと思われる。だからエリザベス2世の肖像も若く、また裏面のオスの孔雀も見事だと言える。現物は表面と裏面が別に刷られた試刷りと考えられ、現存1点(1組)と伝えられている。



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ケース入りコインの是非

PMGなどの封じ込め方式は20年先の化学変化が生じるのでは?とりわけ紙幣が気になる。
PMGなどの封じ込め方式は20年先の化学変化が生じるのでは?とりわけ紙幣が気になる。
PCGSのケースに入った箱入りコイン
PCGSのケースに入った箱入りコイン
 NCSのケース入り。コイン格付け会社の保証付だが・・・・・・。
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偽造紙幣ラッシュの中国大陸

 本物 100元紙幣 毛沢東肖像(表) (TD 50304968) 縦=77㎜ 横156㎜

       本物 100元紙幣 毛沢東肖像(表) (TD 50304968) 縦=77㎜ 横156㎜
 

偽造紙幣 100元紙幣 毛沢肖像(表)(HD 90269828) 縦=77㎜ 横=155㎜
        偽造紙幣 100元紙幣 毛沢肖像(表)(HD 90269828) 縦=77㎜ 横=155㎜ 
 
 中国で偽造紙幣が多いことは、昨日や今日言われ始めたわけではない。コインか紙幣かを問わず、多くの中国人が通貨偽造に情熱を燃やしたのだ。
 とりわけ凄まじいのが現在の中国大陸における、大量の偽造紙幣の存在だろう。一般的に贋造にはコストを要するため、高額面紙幣が狙われるのが常識である。しかしながら中国の場合は、5元(約75円)とか10元という低額面紙幣まで、偽造紙幣を見かける。
 誰が犯人かと言えば、「偽造犯人」という古くからのイメージで返答すると、必ずしも正解ではない。もちろん民間の偽造犯人もいるのだが、鴨緑江で国境を接する北朝鮮も、官民問わず中国の紙幣を偽造してきた。
 これらより大規模に、しかもより良質な紙幣を製造しているのは、呆れたことに中国軍――人民解放軍なのだ。軍は経済官僚よりも上位に位置しているから、彼らは強権で紙幣の原版を提供させ(奪い)、それを用いて軍内の印刷所で量産に入る。もちろん流通しているのと全く同じなので、誰一人として見分けがつかない。ただし横幅が1ミリだけ短くしてあるが、これは本物との違いを意識的に設けたのだ、と伝えられる。また別の説では、これこそが北朝鮮製だと言われる。
 だが最大の偽造犯人はそれ以外にいる。これは北京に本拠を置く組織――中国政府である。経済上の問題や困難が生じると、際限なく紙幣を刷って危機を切抜けてきた。そんな政府にバックアップされている国営企業は、海外の企業を買収する資金を必要とすると、また要請して「元」紙幣を刷らせ、国家承認の偽造紙幣で合法的に手中に収めるのだ。


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発行寸前だったエドワード8世のクラウン

イギリス クラウン試作銀貨  エドワード8世 1937年

イギリス クラウン試作銀貨  エドワード8世 1937年

エドワード8世(1936)は、2度の離婚歴のあるアメリカ人女性との結婚問題で、議会から退位を迫られた。これによって彼は弟のジョージ6世に譲位、退位することとなった。
 イギリス政府――造幣当局は、1937年からクラウン銀貨の発行を決めており、既に試作貨が完成していたのである。表面の肖像はT.H.ページェット、裏面の紋章はG.G.グレイがデザインした。このパターンは表面と裏面が別のプレートに刻印され、どちらも銀品位1000分の500で製造された。裏面のデザインは1937年のジョージ6世のクラウン銀貨にそっくり用いられた。
 2013年6月のロンドンにおけるオークションへ出品され、推定価格2万5000~3万5000ポンドででたものの、結果は不調に終わった。1万5000~2万ポンドなら落札の可能性はあっただろう。

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アメリカの1セント銅貨に買いが!

 アメリカ1セント銅貨1972年D (デンヴァ―)

 アメリカ1セント銅貨1972年D (デンヴァ―) 裏

   アメリカ1セント銅貨1972年D (デンヴァ―)

 アメリカ人は1セント硬貨を「ペニー」と呼ぶ。そのペニーにかなりのアメリカ人が注目している。既に自動選別機も販売され、1982年以前の銅含有量の多いものを、選別が可能になった。
 1982年以前のタイプは1枚が2セント以上の銅の価値を有し、熔解が法的に許可されたら利益を生むと考えられるのである。そのあたりを見越したのか、企業の参入も始まっており、また50パーセントのプレミアムを付けて、ビジネス化に移ったところも出てきた。ただし額面2000ドル分で622キログラムもあるから、自宅へ届けられてもいささか問題だと言えよう。
 隣国のカナダは製造コストが高いため、既に1セント亜鉛銅貨を廃止した。これがカナダ経済に及ぼす影響は殆どなく、アメリカも追従する可能性が出てきた。そうなると通貨の熔解も可能となり、投機的に買いを煽った人たちは50パーセントの利益を得る、という大ストーリーが夢物語でなくなってきた。
 現在の日本で秘かに進められているのは、中国人による1円アルミ貨の国外への搬出だろう。これは100%の純アルミ貨だけに、戦略物資として狙われたわけである。精錬に多大の電力を消費するから、1枚の製造コストが20年以上前、既に1円30銭を超えていた。そのため刑務所で製造されていたのだった。
 1円アルミ貨は1グラムと軽く、1000円分つまり1000枚でわずか1キログラムにしかならない。だから中国人は1万円分――1万枚を帰国の際に搬出するのに、たった10キログラムなのだ。1万人にそれをやられたら、何と100トンに達するのだから、軽視してしまうわけにはゆかない。
 銅やアルミはニッケルと同様、戦略物資なのを忘れてならないのである。


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5セント白銅貨が3億円!

読売新聞に報じられたオークションでの高額落札の記事

     読売新聞に報じられたオークションでの高額落札の記事 

 2013年4月のアメリカ・シカゴで催されたオークションで、アメリカの1913年の5セント白銅貨が317万ドルの高値での落札を記録した。丁度100年で額面の6340万倍になったのを意味する。
 これは前年で製造が停止されたのを、フィラデルフィア造幣局の局員が、秘かに5枚だけ製造してしまったと伝えられる。実はこのタイプの5セント白銅貨は、2001年3月にもオークションにかけられており、このときは184万ドルを記録したのである。
 これまでオークションでの最高落札額は、2002年7月のものが知られている。このときはアメリカの20ドル金貨の1933年タイプで、759万ドル(この時点の為替レートで約10億円)を記録した。44万5500枚が製造されたものの、金の禁輸と解禁の繰りかえしで殆どすべてが熔解され、こうした高値になったのだった。





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金価格下落――地金タイプ金貨は狙い!

アメリカ 20ドル金貨 セント=ゴーデン・タイプは準地銀タイプ

      アメリカ 20ドル金貨 セント=ゴーデン・タイプは準地銀タイプ


 2013年6月25日に、ニューヨークの金価格が1275ドルという下落を生じた。一時的には1600ドルから1700ドルに達していたことから考えると、金地銀タイプのコインに先行不安を感じる人も少なくないと思う。
 けれど金は生産量が限られているし、そのコストもまた既に1500ドルの線にある、と考えられる。それにもかかわらずなぜ、1300ドルの線まで切ったのだろうか?
 これは金市場の最大の買い手――中国とインドの買い気配が鈍ったため、と見倣してよい。とりわけ中国は金融市場の崩壊まで噂されており、習近平のラスト・エンペラー説も根強く囁かれてきた。このあたりが金価格の最大の不安材料だろう。
 結論から言えば金の価値は「永久に不滅だ」と断言してよい。インフレヘッジとして持つなら、これ以上の資産は他に全く見当たらないのだ。


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最初のクラウン銀貨

イギリスクラウン銀貨 1551年 エドワード6世 これだけのものは滅多に目にできない

イギリスクラウン銀貨 
1551年 エドワード6世 これだけのものは滅多に目にできない



イギリスは大型銀貨について、オーストリアの後塵を拝してきたが、ついに1551年――エドワード6世(1547―1553)の治世下に発行された。ヘンリー8世の長男で、イングランドのテューダー家の王、としての貨幣発行だった。
これは本来、金貨の貨幣単位であるが、5シリングの価値を有していたことで、いつしか銀貨のものとなっていった。それどころか大型銀貨の代名詞として、今日も広く用いられている。
この1551年のクラウン銀貨だが、当時最先端のオーストリアの製造技術に較べて、かなり拙劣なことが目立つ。彫りが浅いことから、流通市場で頻繁に使用されると磨耗しやすく、状態の良好なものが極端に少ない。
最初のクラウン銀貨ということで、長く注目してきたコインの1枚だが、何しろ極美品――EFのグレードのを見たことがない。せいぜいVF+といったところだ。それもまたロンドンのオークション上でしかなく、手に触れる機会がなく終わった。
だから、イギリス最初の大型銀貨――クラウン銀貨を手にしようと思った場合、グレードを少し下げて考えないと、まず見送りの連続となってしまう。つまりVFだけあったら文句なく考慮に入れてよい。
イギリスのグレードが良好な大型銀貨や金貨は、退役軍人基金の資金が流入したことで、マーケットから急速に姿を消している。1601年や02年のエリザベス1世のクラウン銀貨もこれと似たような状況で、VFだけあったら上出来だと言える。
このあたりはグレードがVFだったら、押えておくべきだろう。何しろ5年先10年先が楽しみなコインである。


オリヴァ―・クロムウェルのコイン

イギリス・コモンウェルス 

 イギリス・コモンウェルス ブロード金貨 クロムウェル 
 
 極美品で2万ポンドを超えてきている


 クロムウェル(1599―1658)は、国王チャールズ1世が議会と対立した時、議会軍に加わり鉄騎兵を率いて戦った。国王の不誠意に怒った彼は、処刑した上に議会も解散、護国郷としてイギリスを指導する。
 軍隊により独裁政治を始めると、1649年から共和国の楯を描く金貨と銀貨が発行された。更には56年から金貨と銀貨にクロムウェルの肖像を描くタイプが登場した。これらはメダル刻印師として知られたトーマス・シモンが担当、それまでのイギリスのコインとは全く違う、洗練された出来栄えとなった。
 クロムウェルの肖像は、極めて写実的であり、今日に残る肖像画などと較べても、正確に刻印されているのが判る。彼の肖像は、ブロード金貨、クラウン以下はハーフクラウンから6ペンスまでの銀貨があった。最近のオークションでは、ブロード金貨が2400ポンドという落札貨を記録しており、推定価格の2倍まで進んだことを意味している。
 クラウン銀貨もグレードが良好だと、順調に上昇を見ており、ハーフクラウン銀貨も驚くほど高値を呼んできた。全体が引上げられた、と考えてよい。 肖像タイプだけでなく楯タイプもまた、金貨からマイナー銀貨まで、すべてが強い値をつけているのが目立つ。クラウン銀貨についても、楯タイプの方が高値を付ける、というケースも少なくない。日本のメイル・ビッドでもそれが生じたのだ。
 イギリスでは退役軍人基金が、数年前から投資先の1つとしてコインに焦点を合わせてきた。この組織はイギリス・コインの値上がりと、市場価格の維持に役立っており、暴落などまず考えられないのである。

高額紙幣は確実な資産

インフレヘッジ5高額紙幣

オーストリア 50ポンド紙幣 
1910年 スぺシメン (見本) ヴィクトリア女王


 紙幣もコインもハイグレードなものは、ローグレードなものと較べ、価値が上昇してゆく速度が格段に違う。けれどそれが低額面だと稀少性に欠ける。
 何故ならある紙幣の流通が停止されると、低額面紙幣は1枚や2枚、記念に手元へ残す人が多い。ところが高額面紙幣ともなると、それで何が買えるかを考えると新しいシリーズに交換してしまうのが常だ。一例を挙げるなら仏領インドシナの100ピアストル紙幣は、量目27グラムのピアストル銀貨100枚と交換できた。純銀2430グラムだから、殆どすべてがインドシナ銀行に回収された。
 オーストラリアで1910年に発行を予定していた50ポンド紙幣は、ソヴリン金貨が50枚だから、流通市場に残るわけがないのである。
1世紀以上前の貨幣価値を考えてみて欲しいのだ。
 それでは世界の紙幣の名高い高額面紙幣にどのようなものがあるだろうか?
 カナダは1918年に、当時の紙幣価値からすると、とてつもない高額面タイプが発行された。ヴィクトリア女王の5000ドル紙幣と、ジョージ5世夫妻の5万ドル紙幣であった。後者はカナダで流通していた10ドル金貨の、実に5000枚分だから桁違いと言える。
 インドでは5000ルピー紙幣と1万ルピー紙幣が、それぞれ1954年に登場している。やはりイギリスの殖民地だったマラヤでは、1942年――日本軍の進攻直前に1万ドル紙幣が準備されて、戦後になって使用された。これらはどれもロンドンのオークションで、数万ポンドの落札額を記録する。
 それほど高額面でなくとも、仏領インドシナの100ピアストル紙幣のように紙幣シリーズの最高額面を狙えば、グレードさえ良好なら間違いない。また、現存が1点か2点というクラスなら、グレードがかなり下でも高い評価を受ける。その時はケース・バイ・ケースだ。
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